CAST

電気グルーヴ

電気グルーヴ(石野卓球、ピエール瀧)

前身バンド・人生での活動を経て、石野卓球とピエール瀧を中心に1989年結成。 テクノ、エレクトロを独特の感性で構成したトラックと、破天荒なパフォーマンスで話題になる。

1991年にアルバム「FLASH PAPA」で メジャーデビューを果たし、同年に砂原良徳が加入(1998年に脱退)。1990年代の音楽リスナーに本格的なテクノを啓蒙する役割を担いつつ、「N.O.」や「Shangri-La」などではシングルヒットも記録する。 2001年から2004年の活動休止を経て、2008年以降はアルバム「J-POP」「YELLOW」「20」「人間と動物」をコンスタントにリリースし、結成25周年を迎えた2014年にはFUJI ROCK FESTIVAL‘14のGREEN STAGEに邦楽アーティスト唯一のヘッドライナークラスとしての出演を果たし、その存在感を見せつけた。

天久聖一

漫画、コラム、バラエティの構成や、演劇の脚本や小説の執筆など、多岐にわたって活動するクリエイター。電気グルーヴの二人との親交は、漫画家だった90年代前半から今も続いている。

「職人としての自信みたいなその、キャリアとかの裏打ちが出来上がって、自由自在な感じになってますよね。自由を求めて、みたいな感じじゃなくて」

Andi Absolon [元ヨーロッパ ブッキングエージェント]

ベルリン在住。石野卓球の海外活動の初代ブッキングマネージャー。卓球のDJとしてのヨーロッパでの活動を軌道に乗せ、電気グルーヴのブッキングも手掛けた。

「ベルリン、スイス、ポーランド、スロベニア、ベルギー、アムステルダム、ハンガリー、電気グルーヴがステージに現れた瞬間、どの国でも満員のオーディエンスが爆発したように盛り上がりました」


ANI [スチャダラパー]

スチャダラパーのMC・フンイキ。その独特なラップスタイルと存在感でスチャダラパーのダークサイドを支える。DJ、ナレーションなどの仕事のほか、写真家やデザイナーとしての顔も持つ。

「まあ、やることないからね、俺ね。基本は」

Bose [スチャダラパー]

電気グルーヴとほぼ同時期にメジャーデビューした日本のヒップホップの先駆者。スチャダラパーのMCでありフロントマン。テレビ・ラジオ・舞台・ナレーション等でも活動。

「”人生”からずっと見てて、あのやり方みたいなのをやり尽くした感じがあるじゃないですか。でもぼくらから見たら、魅力がすごいなっていうのは分かってたんで。メジャーでやって、同じように悪ふざけやってるけど、あの勢いで行けばそりゃ行くかなっていう感じはありましたけどね」


CMJK

電気グルーヴの元メンバー。1990年6月に電気グルーヴに加入するも、メジャーデビューアルバム『FLASH PAPA』リリース直後に脱退。以降はCUTEMAN CONFUSION ALEX.Inc等の活動を経て、プロデューサー・アレンジャーとして多数のアーティストを手がけている。

「迷惑かけない内にやめようかなっていう。この人たちはスターになるだろうから」

DJ TASAKA

まりん脱退以降のライブやアルバム『VOXXX』の制作、「WIRE」への参加など、永きに渡って電気グルーヴをサポートし続けたDJ。同じく電気グルーヴのサポートを務めることになるKAGAMIとのユニット、DISCO TWINSとしても活動した。

「電話がかかってきて。『おうTASAKA』みたいな感じで電話がかかってきて。『今日やってるからさあ』みたいな感じで、『あ、じゃあ行きます』って感じで行くと、いっつも、ひと月くらいずっと同じビート流してるんですよ。ドンドタ、ドンドドンドタ、って。これ3週間前と変わってないんだなあ、みたいな感じで」


日高正博 [(株)スマッシュ 代表取締役]

海外アーティスト招聘を手がけるSMASH代表取締役。1997年にFUJI ROCK FESTIVALを立ち上げ現在まで開催を続ける、日本にロックフェスティバルが根付く礎を作った第一人者。

「日本の、そこどけそこどけみたいな感じで日本のグループが出てきて、良いポジションで良い演奏をやってくれるっていう、そういうのが一番嬉しいことだし、それがやっぱりやりたかったことだから」

ケラリーノ・サンドロヴィッチ

劇作家、演出家、ミュージシャン。1980年代にバンド「有頂天」で活動する傍ら、日本にインディーズ・ブームを巻き起こした代表的なレーベルのひとつ、「ナゴムレコード」を設立。人生はこのレーベルからのリリースで名を知られることになった。

「"人生"っていうグループは、誰でも入れるっていうか。別に楽器出来なくても入れるから。基本だから卓球や瀧、当時畳、の友だちはみんなその中にいたんじゃないかと。それ以外友だちいなかったんじゃないかと思うんだよね」


道下善之 [(株)ソニー・ミュージックアーティスツ]

電気グルーヴのチーフ・マネージャー。音楽雑誌の編集者として電気グルーヴと仕事をする関係だったが、1996年『ORANGE』のツアー中、石野卓球からマネージャーに要請され、電気グルーヴとともに現在に至る。

「当時の三人は、『ORANGE』と、『ORANGE』のツアーが自分たちの思い通りにならなかったっていう思いがきっとあって、次は本当に、身内もファンの人もそうじゃない人も見返してやりたいというか。起死回生したいという。言葉にはしてないんですけど、そういうムードが個々にありましたよね」

中山道彦 [(株)ソニー・ミュージックアーティスツ 代表取締役]

電気グルーヴが所属するソニー・ミュージックアーティスツの代表取締役。元々は電気グルーヴがデビューしたソニー内レーベルの社員であり、デビューから現在まで電気グルーヴと仕事を続けている唯一のスタッフ。

「何だこれ?っていう。ロックとも違って、ヒップホップよりもまだ早くて、テクノ?これ?っていう。全部が混ざってるっていう印象」


小山田圭吾

音楽家、プロデューサー。80年代末期からフリッパーズ・ギター、コーネリアスとして、電気グルーヴと同じ時期に活動を続け、同じように国内で成功をおさめ、海外へ進出し、一時代を築いてきたクリエイター。

「90年代後半はわりと、日本のミュージシャンが海外に行ってやるのが多かった時代だったと思うんですよね。日本のポップ・カルチャーみたいなのが、向こうで発見された感じっていうのがあって」

SHINCO [スチャダラパー]

スチャダラパーの音楽的中枢を担うDJ。さまざまなアーティストのリミックスのほか、プロデュース、CM音楽、映画・ドラマ・舞台の音楽など多方面にわたり活躍。

「たぶんこの調子で行くと、誰か死んじゃうか発狂するかなって思ってたんですよね。おかしなことになるんじゃないかみたいな」


砂原良徳

電気グルーヴの元メンバー。1991年、CMJKの後任として加入。電気グルーヴ在籍時からのソロ作品はイギリスを始めヨーロッパでもリリースされ高い評価を獲る。電気グルーヴ脱退後はソロ・アーティストとしての活動のほか、プロデューサー、リミキサーとして多方面で活躍中。

「会いに行って『辞める』って言って。『それはしょうがねえよ。お前辞めるんだからしょうがねえよ』って。ああいうときは彼ら、スパッとしてるんですよ、わりと。『でもなあ?』みたいなのはないんですよ」

山口一郎 [サカナクション]

ロックとクラブ・ミュージックの融合を新しい形で実現させ人気バンドとなったサカナクションのヴォーカル&ギター。

「電気グルーヴって、常に新しいもの。どんな時代にも古くならないものとして、ちゃんと存在感があるんですよね。何やってもいいっていうか。自由さもたぶん伴ってると思うし。だからそういう存在感を持てると思うし、誰も真似できないんだと」


山根克巳 [LIQUIDROOM]

リキッドルームプロデューサー。1994年、ライブハウス&クラブ「リキッドルーム」をオープン。海外DJを招聘してのイベント開催などで日本のクラブカルチャーを牽引する。

「彼(=石野卓球)のテクノに対しての情熱というか熱量って、テクノを盛り上げるためにありとあらゆることをやってきたじゃないですか。ぼくらはその、もともと洋楽のテクノとかそういうのが大好きで。ただ、それだけでは日本ではやっぱり大きくならないところを、彼らがちゃんと支えていたというか」

山崎洋一郎 [rockin'on JAPAN総編集長]

ロッキング・オン・グループ取締役・編集者。音楽雑誌ロッキング・オン・ジャパンにて、『KARATEKA』リリース時から現在まで電気グルーヴを担当。

「最初に聴いたときは、編集者としてというよりいちリスナーとして、ぶっ飛びました。覚醒した。瞳孔が開いた。日本にはあり得ない、それこそ、世界と同レベルというか。」


WESTBAM

ドイツを代表する国民的DJ。「MAYDAY」のオーガナイザーであり、石野卓球をドイツへ呼んだことで電気グルーヴの海外活動は始まった。石野卓球とユニット「TAKBAM」を組んで作品リリースも行っている。

「私にとってDJの実力とは、自らのアイディア、エネルギーをお客さんに伝えることが出来るか、それにお客さんを惹きつけられるか、ということです。そして卓球はその達人だと思うのです」



STAFF

監督・大根仁

監督・大根仁

大根 仁 (おおね ひとし、1968年12月28日-)
東京都国立市出身。テレビドラマの演出家、映像ディレクター。
オフィスクレッシェンド取締役。2012年、ドラマの劇場版であり初監督映画の 『モテキ』で第35回日本アカデミー賞話題賞・優秀作品部門を受賞。
最新劇場作品は2015年10月公開の『バクマン。』。多数のミュージックビデオも手掛ける。
[映画]
モテキ (2011年、テレビ東京・オフィスクレッシェンド・東宝)※脚本・撮影兼任
恋の渦 (2013年3月30日公開)
バクマン。 (2015年公開予定)
[ミュージックビデオ]
スチャダラパー『ライツカメラアクション』(2008年)
フラワーカンパニーズ『深夜高速2009』(2009年)
フジファブリック『夜明けのBEAT』(2010年)
いきものがかり『KISS KISS BANG BANG』(2012年)
マキシマム・ザ・ホルモン『予襲復讐』(2013年)

いちばん面白くて、いちばん狂っていて、いちばんカッコ良い先輩たちは、同時にいちばん近づきたくない、すなわちいちばん仕事をしたくない存在でした。
昨年春、この映画の企画をマネージャー道下氏に告げられたとき、それは赤紙招集のような、恐怖新聞が届いたような気持ちでした。道下氏もそれを気遣ったのか、高級鰻店をセッティングしてくれたのですが、せっかくの鰻もマムシの蒲焼きにしか思えませんでした。「オレが断ったらどうなりますか?」「んー、まあ誰か別の監督にお願いすると思いますが…二人から挙がったのが大根さんの名前だったんですよ」「…」電気グルーヴ過去25年の映像をエディット&ディレクションする。過去、それなりに難易度の高いミッションをこなしてきた自負はありましたが、いちばんカッコ良い先輩たちが、怖い批評家であることも知っているオレは、この仕事に確実に「地獄」を予感しました。サブカル世代の合い言葉である【でもやるんだよ!】で乗り切れる仕事でもないことも。今、出来上がった作品を見て思うことは…っていうか、まだ出来上がっていません!! 昨年のフジロックフェスティバルから撮影を始めて、過去25年分の膨大な映像素材(250時間、5テラ!!!)をチェック&チョイスして、本格的な編集をスタートさせたのが桜咲く頃でしたが、電気グルーヴのヒストリーを2時間やそこらでまとめることなんかできるわけないじゃないですか!!! というわけで、当初「夏公開」の予定が「冬公開」ということになってしまいました…。さらに最近会った卓球さんは「頼んだ覚えはない」、瀧さんは「まかせる。出来上がりを観て文句を言う」と…。誰かこの仕事代わって!!!


製作:ソニー・ミュージックアーティスツ
プロデューサー:中山道彦
アソシエイト・プロデューサー:杉山剛

編集ディレクター:大関 泰幸

サウンドプロデューサー:北原京子

整音:清水和法
スタジオエンジニア:清野守

スーパーバイザー:砂原良徳

VFXディレクター(CD Jacket):笹生宗慶
VFXディレクター:中島賢二(easeback)

ビジュアルデザイン:大原大次郎
スチール:四方あゆみ(Rooster)

宣伝プロデューサー:相沢直 小林亜理
宣伝協力:GYAO モグラデザイン

協力:東宝ミュージック
配給:ライブ・ビューイング・ジャパン
パブリシティ:ELECTORO89